【甘い記憶】



彼を『拾って』来てからもう一週間。

相変わらず、傷は無気味に彼を侵食したままで。
彼自身も横たえた身体をめったに起こす事は無かった。



「彼らは、人間じゃないわ。」



以前、伯爵婦人が私に言った言葉。
そんな事は、言われなくても理解していたけれど。

人間じゃないから拒絶するなんて。

そんなのは人間の傲慢から生まれた、ただの閉鎖的な思考に過ぎない。
私から言わせれば、人の皮を被ったバケモノなんて、この世界にいくらでもいる訳で。


『人間らしさ』を求めるなら、彼だって立派なヒトだと、私は思う。








「…。」



布の擦れる音が聞こえる。

どうやら彼が目を覚ましたらしい。
少しだけ買って来た食料をテーブルに置くと、そっと彼の寝ている部屋に顔を覗かせた。


「…やぁ。」


ひょっこりと顔だけ見せる私に、優しく笑う彼。


「…気分はどう?」

「うん、大分いい。」


そう言いながらも、なかなか身体を起こせないでいる姿が痛々しかった。



以前、私を探しにきてくれた時。

あの時も、相当無理をしていたんじゃないかと、薄々感じていた。
彼は、ひたすら私の目を心配してくれていたけど。

本当は、私が心配してあげなきゃ、いけなかったのよね。



「何か、食べる?色々買って来たけど。」

「…いや…。」



そんな彼に何かしてあげたいと思うのだけど。
ここに来てから、彼は殆ど物を口にしていない。



ギルガメッシュだから。



そう結論してしまえばいいのだろうけど、それではあまりに自分は無力すぎる。


「何でもいいから、食べなきゃ。治らないよ。」


果たして何か食べた所で、それがヒトと同じ様に力となるのかは判らない。
でも、傷を癒す手段すら知らない自分に、与えられる物があるなら、何でもしてあげたかった。


「…何でもいいよ。」


私の気持ちを察してか、うっすら笑うと彼はそう答えた。
以前もこうやって、『お願い』してようやく食べて貰った事がある。


それでも嬉しかった。


私でも、何かしてあげられるんだと思えたから。


「ちょっと待ってて。」


言ってテーブルの上に置いていた食料を取りに行く。




「…そんなに要らないよ。少しでいいから。」




顔の見えない私にそう語りかける彼。
食が細いのも以前からの事。

多分、それなりに無理して食べてるんだと、思う。

何がいいか悩んでいた時に、丁度いいものを見つけた。
仕事で疲れた時なんかに食べようと、自分へのご褒美で買っていたチョコレート。
これくらいなら、食べれるかもしれない。
そう思って、手に取って再び彼のいる部屋に顔を覗かせる。


「これは?」


言いながらヒラヒラと1枚のチョコレートをふってみせる。


「うん。でも、1枚も要らない。」


私の仕草が可笑しかったのか、表情が柔らかい。



「…じゃあ、半分こ?」



手に持っているチョコレート。
板状だから、半分にするのは簡単な事だった。



「ああ、半分こ。」



その言葉の響きがくすぐったくて、お互いに小さく笑う。
ぱきん、と半分に割って、彼に渡そうとする。


「小さい方でいいよ。」


自分で食べようと思った、少し小さめに割れてしまった方を、彼は自ら選んだ。


「…じゃあ、ハイ。」

「ありがとう。」


彼がチョコレートを口にするのを見てから、自分もその甘い欠片を口に入れた。




「…甘い。」


「あ。甘いの嫌い?」


「いや。好きだよ。」




これまで色々な物を食べて貰ったけれど、『好き』と彼が言ったのは初めてだった。

本当に、好きなんだと思う。

彼の好みが分かって、少し嬉しくなる。
今度からは、甘いものを勧めてあげよう。


「…昔。竜也とこうやって1枚のチョコレートを半分にして食べた事があるわ。」

「…懐かしい?」

「ええ。」


そういって頷く私に、ゆっくりと近づくと彼は耳もとで囁いた。




「じゃあ、帰ればいい。弟さんの所へ。」




その言葉に私は首を振る。





「どうして?」





黙ったままの私に、彼は更に問う。





「…私が帰るんじゃないわ。竜也が帰ってくるのよ。」


「一緒の事じゃないか。」


「違うわ。」





強く首を振り、否定する。




「…違わないよ…。」




言いながら、ゆっくりと離れる彼。
心の裏を見透かされそうで、どきどきしながらそっと彼の方を伺う。

よっぽど気に入ったのか、残っていたチョコレートを舐める様に食べている。



「だって…一緒に居たいって…事だろう?」



手に付いたチョコレートを舐めながら、彼は続ける。





「…一緒にいる事だけが、幸せの形じゃないわ。」


「…じゃあ、君の言う幸せのカタチって?」





その言葉に、ハッとして彼の目を見る。
吸い込まれそうな、深い青。




「ど・どうでもいいじゃないそんな事。」




慌てて視線を逸らす。

あの目を見ていたら何もかも。
きっと心の中の嘆きを全部、吐き出してしまう。

気を落ち着かせようと、持っていたチョコレートを少しかじる。


その時だった。





「ねぇ。」





突然、被いかぶさるようにして、彼の身体が私にのしかかってきた。





「…頂戴?」





言いながら、にやりと笑う。


「な・なに?」


訳が判らず逃げようとする私の頬を、しっかりとその手で被うと、舐める様にして私の唇を塞いだ。


「…!!」


彼の舌が口の中で動き回る。
本当に器用に動くその舌に、私は脳を溶かされる感覚を覚えた。
暫くして、ゆっくりと私から離れる、彼。


「…あまい。」


満足そうにぺろりと舌を出して。



「幸せのカタチって、そういくつも無いと思うんだ。」



溶かされた理性。
朦朧とする頭に彼は言う。



「だってね。僕にとっての幸せのカタチって君だから。」



言いながらまた、私の目の前に顔を持ってくる。






「キヨコは、一人しか居ないから。」






名前を呼ばれて、ハッと我に返る。


(今・名前…。)


揺れる瞳に気付いたのだろうか。
彼は目の前で優しく笑うだけ。

分かっているのに動揺が隠せない。
こんな事を言われたのは初めてで、どうしていいのか自分でもよく分からない。




「…名前…。」




鼓動が大きく音を立てて止まない。
まるで耳鳴りの様に。




「?もっと呼んで欲しい?」




こくり、と小さく頷く。



だっていつもは呼んだりしないじゃない。

どうしたの?

弟に捨てられた私が可哀想になった?





そこまで考えて、今度は否と、首を振る。





「…どっち?分からないよ。」





そんな私の反応をクスクスと笑いながら、楽しそうに見ている彼。

でも、声色で分かる。
私を追い詰めたいんじゃない。本当に、与えようとしてくれているだけなのだと。



「…もっと…。」



小さく囁く私の声が、掠れて聞こえにくかったのだろう。
息が触れるほど近くまで、顔を寄せて来る。



「もっと?」



小さく、一度だけ頷くと、私は目を閉じた。














「…呼んで。」




















甘く溶けるたった一言に。

私はもう蝕まれていて。


でもこの優しさに包まれるのなら。




このまま溶けて、消えてしまうのも良かった。



















* * *




ゆっくりと目を覚ますと、目の前で心配そうにしている彼の顔が見えた。


「…なに?」


微動だにせずに問う私に、少し彼は動揺している。


「酷い事、しなかった?」


突然の言葉に、意味が分からず眉をひそめる。
酷い事も何も、全部そっちがした事じゃない。


「今さら抱いた事を後悔?だったら最初から、そんな事しなきゃいいじゃない。」


私のその言葉に、彼はあからさまに動揺している。


「何?どうしたの急に。」

「違うんだ。後悔なんかしてない。…けど…。」


頭を抱えて、まるで何かに怯えている様。




「けど?何?」


「僕…君を抱いたの…?」




あまりにも的から外れた発言に、怒りを通り越して思わず呆れる。


「…何?何が言いたいの。ハッキリして頂戴。」


事の確認をなかなか言わない彼に少しイライラしながら、ちょっと強気な口調で問いただす。





「…覚えてないんだ…。」


「…え?」





意を決したのか、反らしていた視線を再び私の方へ戻すと続けた。



「記憶が無いんだ。気が付いたら、これで。」



これで、といいながら自分の姿と私の姿を見る。
なんとなく。彼が動揺している理由が分かってきた。




「何処まで覚えているの?」

「チョコレートを食べてた所まで。」




まさかとは思いながらも、私はひとつの仮説を立てる。



「それで、気付いたら、コレだったって事?」

「…うん…。」



はぁ、と小さくため息を落とすのが聞こえた。
彼はこの互いの姿を見て、自分が何か酷い事をしたんじゃないかと思ったらしい。
結果酷い事ではなかったけれど、自分の意識の無い所で私を抱いてしまった事を後悔している様だった。











「ねぇ、も一つ聞くけど。」



「なに?」



「チョコを食べてる時、どんな気分だった?」










その問いに、少し考えると自信なさげに答えた。




「…甘くて…気持ち良かった。」




「気持ちいい?」




「こう、意識が朦朧とする感じ。」




自分の中の仮説が、ほぼ正解だと確信し、思わず呆れる。













(酔ってたんだ。)












しかもチョコレートで。

買ってきたのはただのチョコレート。
当然アルコールなどは入っていない。

でもそう考えると全てのつじつまが合うのだ。
酔っ払いなら、さんざんこの目で見てきている。


やたら多弁になったり、普段なら言わない様な事を平気で口にしたり。
だから、竜也の事を話してた時に絡んで来たり、いつもなら呼ばないハズの私の名前を何度も囁いてくれたんだ。




「…怒った?」




頭の中を整理しようと黙り込んでいる私に、不安になったのだろう。









「ううん。」









顔を上げると優しく彼に笑ってみせた。

いつもなら、怒ってたかもしれない。







でも。









嬉しかったから。






例え酔って口にした言葉だったとしても。










私の名前を呼んでくれた事が。














私を幸せのカタチだと、言ってくれた事が。





















「仕方ないから、許してあげる。」

































甘い甘い恋の媚薬。


ほろ苦さも、愛で溶かして。

























end.



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あとがき

バレンタインに便乗しようかと思いまして…。(バレバレです。)
「チョコ食べたら酔う」設定は、最初の方では「珈琲を飲んだら」という設定で考えていたのですが、
それだと珈琲飲んだ後にオルガと戦ったギルガメーズは皆ほろ酔い気分ですか?!!とかなってしまう事に気付いて却下。
ちなみに何で珈琲にしようと思ったかは、珈琲にはカフェインが入っているので、それを摂取すると酔ってしまう。
というなんとも素敵なパラレル設定を打ち立てていた訳ですが、出来上がったものはもっとパラレル(笑)。
チョコの中のカカオがいけないらしいですよ?(←という自分設定。)だから、ココアとか飲んでも酔うの。

お酒とか平気で飲んでそうな感じですが、甘い物に弱いだなんて何て可愛い!!!萌え!!!
ここまで行くと妄想も究極ですね!!!多分、脳みそに何か涌いてるんでしょう!!!
こんなに甘々なのはめったに浮かばないので、パラレルもんだと笑って許してやって下さい★

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