| 【君の紡ぐ命の言葉】 カシャン、と何かが割れる音が聞こえて、目を覚ました。 ゆっくりと、横たえていた身体を起こしながら、周りの気配を探る。 (誰か来た?) 動かない身体を引きずりながら、警戒する。 (…何?) 辺りを探るが特に殺気じみたモノは感じられない。 しかし不安要素は拭えず、周辺を見渡していた、その時。 「ノウェム!」 頭の奥まで通る、綺麗な声が響いた。 一瞬呆然とし、彼女に自分が呼ばれた事を理解して直後、気づけば声のした方に身体が勝手に動いていた。 「なに?」 声のした、台所の方へと問う。 すぐに拡がった視界の先で起こっていた出来事に、微かに驚き、安堵した。 「たすけて。」 そう言った彼女は、今にも落ちてきそうな棚の上の荷物を懸命に支えている。 その足元には割れてしまった皿が1枚。 事態を理解して救いの手を差し伸べる。 彼女が背伸びしてやっと届いていたその荷物を、元の位置へと押し戻した。 「…ありがとう。」 少し、息切れをさせながらそう言うと、彼女は僕の方を見て笑った。 暫くそのまま僕を見るので、間がもたずに狼狽える。 「何?」 「ううん。ただ。」 ただ、と言ってまたじっと見つめる彼女。 「背、高いのね。」 つま先立ちをしながら、見上げて来る。 その仕草が、なんとも可愛い。 僕はおじぎをする様にして、額にひとつ、口付けを落とした。 「な・何するのよいきなり!」 罵声を浴びせられて、ふと我に返る。 怒らせるつもりなど、全く無いのに、気付けばいつもこの有り様。 この胸の中に渦巻く感情が、自分の中でコントロールできていないという証拠。 「ごめん。」 「なんで謝るのよ。」 それは君が怒っているから。とは言えずにとりあえず黙る。 こんなに愛しいのに、どうして彼女が怒っているのかが分からない。 分からないのに何故、こんなに愛しいのだろう。 バツが悪くて後ずさりすると、かしゃん、と足下で何かの音がした。 見ると最初に聞こえた音の原因。 一枚の皿が割れたままになっていた。 「…お気に入りだったのに。」 そう、残念そうに呟く彼女。 「…直るよ。これくらい。」 哀しそうな彼女の顔を見たくなくて、僕はその場にしゃがみ込むと皿の欠片を集めた。 一体何をするのかと、彼女もその光景をかがんで見つめる。 「見てて。」 一度だけ彼女の方を見て得意げに笑ってみせると、皿に意識を集中させて、割れている破片をなぞる。 つ…と指か撫でると、ひび割れた部分が、傷跡一つ残さず元通りになった。 まるで、溶接したかのように。 そうやって、砕けた欠片のひとつひとつを撫でると、元に戻った皿を彼女に手渡した。 「はい。」 力の消耗は否めないけれど、大した量の物質の再構築ではなかったし、何より彼女が喜んでくれるならそれでよかった。 「…ありがとう。」 渡された皿をしげしげと眺めながら呟く。 恐らく、手品でも見た気分なんだろう。 「…名前…。」 皿を眺めていてふと、思い出す。 「え?」 彼女に聞きたい事があったのだ。 「名前、僕の。呼んだよね?」 「ええ。」 不思議そうな顔をして頷く彼女。 「どうして、知ってるの?」 一度も。 教えた事はないのに、何故なんだろうと。 不思議で、聞きたくてしょうがなかった。 「どうしてって。」 言いかけて、一瞬笑う。 「だって以前、貴方の仲間が貴方の事をそう、呼んでいたわ。」 変な事を聞くのね、と彼女は笑いながら続けた。 「仲間?」 「そうよ。髪が…これくらいの、黒髪の人。」 肩の辺りに手を添えながら説明する。 「…ああ、オクト。」 「あの人はオクトっていうのね?」 ニコリと笑うと更に続けた。 「じゃあ、髪の毛が茶色でツンツンしてた人は?」 「セクス。」 名前を知る度に、嬉しそうな表情をする彼女。 「髪の赤い女の人。」 「彼女はウーノ。」 全員の名前が分かって満足したのか、そう。と言って立ち上がると、持っていた皿をテーブルへ置いた。 「…不思議だね。」 ぽつりと呟いた僕に、彼女は再度しゃがみこんで顔を覗き込んで来る。 「何が?」 軽く首をかしげる仕草が、また可愛くて。 しかし今度はすぐに我に返った。 「名前なんて、個体を識別するための、ただの記号だと思ってた。」 「…難しい事はよく分からないけど、ただの記号って訳でもないと思うわ。」 そう答えてくれた彼女の方を見る。 何故か彼女を見ていると、優しい気持ちになってくるから不思議だ。 「記号だったんだよ、少なくとも。今までは。」 一度、視線を外してから、再度彼女の方を見る。 「…君が呼ぶまでは。」 その言葉に、彼女の表情が真剣になった。 「ちっとも、特別なんかじゃなかったのに。」 先生がくれた、名前。 それを誇りには思っていたけれど。 先生に呼ばれても、仲間に呼ばれても、僕の中で特別にはならなかった。 「…どうしてかな?」 君が呼ぶと、それはもはや甘い響き。 自分が自分であるという証を、貰っている様で嬉しい。 「…ばか。」 小さく僕を叱ると、彼女はつつ、と僕の傍に寄り添って来た。 また怒られたのかと表情を伺うと、耳まで赤くなっているのが見える。 ただ、照れているのだけの様だ。 「貴方の名前…、わたし好きよ。」 目を伏せて、そう言ってくれる彼女の温度を静かに感じていた。 彼女がくれる、穏やかな時間。 終わりなんて、来なければいいのに。 それだけ祈って、今はただ口付けた。 end. |
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| 名前ネタが密かに連続している事に気付きつつ、とりあえずアップしてしまいました。 アップしてしまえばこっちのもの!!!(おーい。) 本当は、名前に関するネタは、ノウェム視点でずっと考えていて、 順番的には「甘い記憶」の方が後のネタになるんですけれども、 作中であまりに名前を呼ばない事がずっと気になっていて、きっと特別な意味があるに違い無い!! と妄想を膨らませて出来たのが今回のお話。 彼らにとって、「名前」って本当に、個体を識別する為の記号(というか、本当に番号だけど) という価値でしかなかったのではと思いまして。 そんな「記号」でしかなかった物が、特別なものになったら素敵だよねぇと。 ノウェムって名前、私も好きなんですよ。とても。 |
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