| 【nightmare】−前編- いつから其処にいたのだろう。 ふと我に返り辺りを見渡す。 視界一面に拡がる、薄暗い空間。 自分が一体何をしていて、何故ここに居るのか。 考えるが思い出せない。 とにかくここから逃げたい。と。 妙な不安に駆られて、居心地が悪いのだ。 ごりっ。 と。不意に静かな空間に。 何かが鈍く砕ける音がする。 一体何処からそんな音がするのかと、見渡すが薄暗い空間には何も見えない。 かといって出口も見当たらず、仕方なく聞こえた方へゆっくりと近づく。 近づく程に無気味な音がクリアになってくる。 何かを砕く音だけではない。水を弾く様な音もする。 一体、何が。 ようやく見えた視界の先の光景に、一瞬我が目を疑った。 (…自分?) そう確かに。 其処にいるのは『自分』。 正しくは『自分の姿をしたもの』か。 地べたに座り込み、背中を向けたまま、無気味な音を黙々と立てている。 背後にいる自分の気配を察したのか、急にぴたりと動きを止めた。 そして、ゆっくりとこちらを…見る。 驚いたのは、口の端から滴る鮮血。 己の姿をした『それ』に絶句したまま、徐々に視線を下へと向ける。 『それ』が手に持っている何かの腕は、強引に引きちぎられたのだろう。 白く細い腕の骨がむき出しになり、肉から悲惨な血がぽたぽたと流れている。 一体何が起こっているのかが判らない。 現状を把握出来ず、その場から動く事も出来ずに息を飲む。 すると座り込んでいた『自分』は、こちらを見たままゆっくりと立ち上がった。 手には、血の滴る腕を持ったまま。 じっとこちらを見るので、思わず視線を外す。 その視線の先、『自分』の足下にある物に気付いて、絶句する。 腕を持っていた時点で、それが人のものであると言うことは理解していた。 そして鈍い音の原因も、口の端から滴る血から、それを食らっていた音なのだと理解していた。 しかし、目に映った足下のそれだけは、どうしても理解出来なかった。 見覚えのある、亜麻色の緩いウェーブの髪。 何故それが、真っ赤に染まった床に転がっている? 自分の身体から、血の気が引くのが分かる。 理解したくなくとも、それが其処に転がっていると言うことは、答は一つしかない。 ごとり、と持っていた腕を落としながら、静かにこちらへ近づいて来る『自分』。 「…彼女に何をした…?」 震える身体。 怒りで震えているのではない。 目の前で起こっている出来事に、恐怖して震えていた。 「彼女に…何をした…?!!」 無惨なまでにバラバラにされている身体。 目の前にいる『自分』が、急に憎くなり声を荒げる。 すると、目の前の『自分』は、にやりと満足そうに微笑んだ。 「自分が望んだ事だろう?」 恐ろしい程冷静な声で。 薄く笑う表情は、酷く無機質で冷たい。 「彼女とひとつになりたいと。」 ぞくっとした。 その言葉に。 「自分が望んだ事だろう。」 強く首を振る。 『自分』の言葉を否定した。 「違う。」 「違わないさ。」 目の前まで来て、ゆっくりと手を掲げて見せる『自分』。 その手は、彼女の血で真っ赤に染まっていて。 「…違う…!こんな事、望んでなんかいない…!!」 否定しながらも、不安が拭えない自分が腹立たしくて。 そう、望んでなどいなくとも。 自分は人間とは違う力を持っている。 そんなつもり無くても。 彼女を傷つけてしまうのではないかと。 いつでも恐くて仕方がなかった。 強い力は、彼女と繋がるにはあまりにも大きすぎて。 「望んでなんか…。」 言いながらゆっくりと、目の前の『自分』を押しのけて、赤く散らばる血の中を歩く。 近づくと血の匂いがして、吐き気がしてきた。 それでも近づくと、がくりと膝を落として僕は、そっと亜麻色の髪に触れた。 途端、涙が溢れる。 血に染まった床は、彼女の白さをより強調して眩しい。 肌の色はもはや生きているそれではなく。 「望んでなんか…いない…!!」 胴から離れてしまった彼女の首をそっと抱きしめる。 ひとつになると言う事と、彼女を殺すということはイコールではない。 僕の中で、彼女は生きていてこそ輝きを放つのだから。 そう欲しいのは、身体などではなくどこまでも清らかな魂。 それでも僕は奪うのだろうか。 彼女の命を。 こんなに心が痛いのに。 僕は奪ってしまうのだろうか? 『自分が望んだ事だろう?』 冷め切った空間で。 声が再び、頭に響いた。 To be continued... |
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