| 【nightmare】−後編- 最悪の夢だ。 目覚めてそう思った。 じっとりとする肌。 まだ荒い息。 先程まで、抱きしめていたものは、今は無い。 しかし腕が覚えていた。 彼女の首を、抱いた時の重さを。感触を。冷たさを。 恐ろしくて、小さく震える腕は、失う事への恐怖を覚えた証。 こわい こわい 君が いなくなる なんて はっとして、隣に居るハズの彼女を探す。 部屋には、自分一人きり。 一度は夢だと安心しただけに、再び血の気が引いた。 「あ。起きたのね。」 と、突然背後から聞こえる声。 振り向かなくとも彼女だと分かったが、不安でゆっくりと振り返った。 「?どうしたの?」 今にも泣き出しそうな、情けない顔をしていたのだろう。 彼女は不思議そうに眉をひそめる。 僕は何も言わずに、震える手を差し出した。 様子がおかしい事に気付いたのか、僕が恐る恐る触れるのを、黙ったまま見ている。 触れた先から彼女の体温を感じ、安堵する。 あの時抱いた首は、恐ろしい程に冷えきっていて、何か別のモノを持っている気分だった。 けれど今は。 彼女の体温を、確かに感じる。 「…生きてる…。」 安心して、そう言葉にした途端、瞳からぽとりと雫が落ちた。 「…どうしたの?」 急に泣き出した僕を、そっと抱きしめてくれる。 暖かいその身体に、僕はすがりついた。 「…こわい…。」 「え?何?よく聞こえないわ。」 言って顔を近付ける彼女。 顔を見たらよけいに涙が溢れそうだったので、視線は外したまま続ける。 「こわい…。」 「恐い?何がそんなに恐いの?」 何も恐くなんかないでしょう、と。 言いながら子供をあやす様に優しく微笑む彼女。 「…君は、僕が恐くはないの?」 それまで笑っていた彼女の顔から笑みが消える。 「…どうして、そんなことを言うの?」 僅かに続いた沈黙をやぶったのは、彼女の方だった。 「…。僕は君が恐い。」 「なぜ?」 問いただす様な言い方ではなく、誘導するように。 促されるまま僕は告げる。 「君をいつか。壊してしまいそうで、恐い。」 伝わる体温。 今は生きてる。 今は、まだ生きてる。 …いつまで、生きてる? 「…貴方が、壊すの?」 静かな声に、僕は思わず彼女を見る。 表情は穏やかだったけれども、夢の中に居た僕の様に、酷く無機質な感じがした。 「…私を、壊すの?」 哀しそうに、笑う。 すぐに気付いた。 彼女を傷つける事を言ってしまったと。 「違う…。そうじゃない…。」 今までずっと傷つけられながら、ひっそりと生きてきた、彼女の心の傷は想像を絶するものだろう。 その全てを包み込んであげたいと、甘い言葉を囁いたのは自分の方。 何もしないから、傍においでと。 信じさせておいて「壊す」なんて言葉。 そんなのは、裏切りでしかない。 「だって僕は人間じゃなくてー…。」 言いながら、自分の言葉にチクリと胸が痛んだ。 「君とは異なる存在で…。」 最初から、分かっているつもりでも。 「本当は、触れるのも恐いくらいで…。」 彼女に言うのは、辛かった。 「…でも触れたかった。」 この感情がコントロールできなかった時点で、絶対という保証は何処にも無くなってしまったのだ。 分かっていたのに、押さえられなかった衝動。 悪いのは、全て僕なのだ。 せいぜい罪に溺れて、悪夢の中を彷徨うがいいと、誰かがあざ笑う。 「…でも私、知ってたわ。」 黙って僕の言葉を聞いていた彼女が、呟く。 「私、知ってたわ…。」 言っている意味が分からず首を傾げる。 「貴方が人間じゃないのも。異なる存在なのも。」 表情は穏やかなのに、どうしてだろう。 「私、ちゃんと知ってたわ…。」 どうして、涙を流すんだろう。 何故、君が泣くのだろう。 ぱたり、と落ちた雫が僕の頬に伝う。 「本当は、自分が恐いだけなんでしょう?」 その言葉に、ハッとする。 「どうしてそんな。哀しいことを言うの…?」 顔を覆い、静かに泣く彼女。 僕はただ、見ているしかなかった。 泣いているのは、僕のせい。 僕を想って、泣いてくれているのだ。 「ごめん。」 声も立てずに小さく泣く体を、そっと抱く。 「壊れたりなんか、しないでしょう?」 「うん。」 細くて、柔らかい体。 居心地のいい、彼女の腕の中。 何も考えずに、素直に甘えられたらどれだけ幸福な事だろう。 「ごめん、弱音を吐いて。」 こんな華奢な体に。 すがる事しかできないくせに。 「君だって辛いのに…。」 不安に思っているのは、何も僕だけじゃないのに…ね。 絶対などない世界に、もがきながら生きているだけの僕らに。 「…貴方は優しい人よ…。」 壊れないで。 壊れないで。 二人だけの世界。 もう少しだけ。 「何も恐くなんかないもの…。」 だって、君が居なきゃ闇の中で僕はただ彷徨うだけ。 救いの言葉は、いつだって君がくれた。 でもね。 と彼女は言った。 もし、本当に貴方が私を壊してしまったとしても。 何も後悔なんかしないから。 それが、貴方がくれたものなら。 きっと、それも貴方の優しさで。 私が望んだ事だから。 だから貴方も、後悔なんかしないでね。 …と。 end... |
| -------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 後書きといいますかなんといいますか。 このお話は、ノウェがキヨに子供作ったせいで死んでしまったという展開に、少しでも救いをと思って書きました。 実際ノウェは後悔したと思いますが、キヨはそうじゃなかったんじゃないかなぁと。 じゃなきゃあんなに頑なに、お腹の子供を守ろうとしなかったと思うんですよね。 好きな人の子供だから、守りたかったんですよね、きっと。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------- |
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