【TRUE LOVE】













「今日が何の日か、知ってるよ。」





それまで静かに眠っていた彼が、独り言の様に呟いた。



「知ってる。」






* * *





瞳は凍るように冷たい色をしているというのに、薄く笑うと雪が溶ける様に穏やかな表情になった。


「何の日?」


私は、今日が何の日なのかが分らなくて聞き返した。


その言葉に、少し揺れる瞳。

目は口ほどに物を言うというけれど、本当にそうだと彼を見て思う。




彼の様な生き物にも、大切な日というのはあるのだろうか。

ただ、目的を達成する為に生きているのではないの?




人の姿をしていながら、人ではない、彼。




こうして傍にいても、繋がっても、私は彼の事を殆ど理解できていない。








「誕生日。」








横になっていた体をゆっくりと起こしながら。



「君の。」



そう言って、少し辛そうに息を切らしながら、私の瞳を…見た。










「ああ…、そうだったわね。」










彼の言葉に少し驚きながら、忘れていた今日という日を思い出す。




そういえば父さんから、色々と私の事を聞いたと、言っていた。

律儀にも彼は、それを覚えていただけなのだろう。






「ありがとう。」





そっと、お礼の言葉だけを伝えて。
















「…ありがとう。」


「え?」





ありがとうと返されてしまって、意味が分からず困惑してしまう。




彼は私を見つめたまま。

一瞬の出来事なのに、なんて長い視線の交差。




優しい瞳に見つめられて、身動きする事も出来ずに。

ただただ動揺している私を、彼はどんな風に見ているのだろうか。






「どうして貴方がお礼を言うの?」





沈黙に耐えられず、自分から切り出す。

その問いに彼は少し考えて、答えた。




「…。感謝する時は『ありがとう』だから。」




その、言葉に。







思わず息をひそめてしまう。









「君がここに居る事を、感謝している。だから。」










そんな風に 穏やかに …笑わないで。




「ありがとう。」










優しい言葉が心が痛くて。


私は静かに泣いた。








「…どうして泣くの?」







その問いには答えられなかった。

言葉も交わせない程に、押さえきれない思いが溢れていて。



私は首を振って否定する事しか出来なかった。




「どうしたの?かなしいの?」




悲しくて泣いているんじゃないと。

たった一言が言えなくて。










「ねえ。」






嬉しいの、と。


その、たった一言が言えなくて。










「泣かないで。」





* * *





優しく私を包む腕。


耳もとで聞こえる、穏やかな心音。





抱き締められた私は、涙が止まるまで暫くの間、そこから離れる事を許されなかった。









「…ねえ。知ってる?」





私は小さく彼に問う。



「…何を?」



その問いに、優しく応じてくる彼の声。

ゆっくりと、私の髪を梳く手は止まらない。





「誕生日をお祝いされる人はね。皆からプレゼントを貰うの。」





言いながら私は小さく笑った。

本当は、プレゼントなんてろくに貰った事もないのに、と。



「僕には、何もないよ。」



申し訳なさそうに、彼は一言そう言った。





「あげられるものなら、何でもあげたいけど。」





する、と髪を梳く手を止める。

私は、ゆっくりと彼の方を見た。



そして、ごめんね。と哀しそうに笑うその頬に、そっと触れる。







「お願いが、あるの。」


「…僕に出来る事であれば。」






泣きたくなる程、その笑顔は優しい。

思わず手が震えて、私は視線を落とした。



「今日だけでいいから…。」



震える手に、彼が手を重ねる。






「…今だけでいいから…。」






包む様にして。優しく。









「…嘘付かないで、教えて…?」






大きく息を吸って、そのまま止めた。

返ってくる答えが恐くて。




「嘘なんか、付かないよ。」


「いいから。約束して。」








指先から、みるみる冷たくなっていく。

彼の手が冷たいせいもあるのかも知れないけれど。



「約束する。」



その言葉に、止めていた息をゆっくりと吐き出すと、私は彼の目を見た。

真直ぐな彼の目を正視するのには、幾許かの勇気がいる。



その瞳から逃げないように、私は敢えて彼の目を見た。









「…いつかは、帰っちゃうんでしょう?」
















強がって笑う私とは対照的に、表情の強張る彼。




「帰る場所があるんでしょう。貴方には。」








緊張した空気が拡がる。



詰めていた息を、ゆっくりと吐き出すと彼は、小さく頷いた。

















「…ありがとう。」





正直に教えてくれて嬉しいと思う反面、現実を突き付けられた心は酷く苦しくて。


自分から聞いたというのに、哀しくなって視界が歪む。







「嘘つかないで、教えてくれてありがとう…。」







振り絞る声は、掠れていて聞きづらい。


黙ってただ、私を抱き締める腕に、優しさと切なさを感じながら。


「…私も…。」


今にも泣きたい感情をぐっと押さえて、強く瞳を閉じる。

暫くしてゆっくりと開けると、今できる最高の笑顔で彼を見た。





「嘘付かないで…言うね?」





上手に笑えないせいだろうか、目の前の彼はとても切なそうに私を見る。



「貴方がいつか、帰っちゃうって知ってるけどね…。」



でもね、と言って私は思わず視線を外す。

溢れて来た涙を、彼に見られたくなくて。












「…ホントはずっと傍に居て欲しい…。」










「…ゴメン…。」














うずくまってしまった私に、そっと降る謝罪の言葉。






























「そのお願いは、…叶えてあげられない…。」


















言いながら、彼の体が小さく震えているのが伝わってくる。

































「ごめん…。」





ただ、好きなだけなのに…。











私達、一体何に縛られているんだろうね。

















どうして、こんなに涙を流さないと本音を言えないんだろうね。

















こんなに苦しいのに。



















どうして貴方じゃないと駄目なんだろうね…。
























* * *













「…でも忘れないで…。」









泣きじゃくる私の体を、ゆっくりと起こしながら彼は言った。









「僕にとっての『帰る場所』は、…君だから。」








泣き疲れて赤く腫れているであろう私の瞼を、そっとなぞる手。


熱を帯びたそこに触れる手は、冷たくて心地よい。



















「いつか、来た場所へ戻らないといけないけれど…。」









頬を伝っていた涙を拭うと、彼は私の両肩を掴んだ。





















「でも。僕の帰る場所は、君だから…。」










私は、ゆっくりと。

目を開けた。











「じゃあ…。」








目の前で泣く彼に。








「またいつか、戻ってくるの?」














私は、にっこりと笑ってみせた。





















それは初めて見た、彼の泣く姿だった。


本当に、一筋の涙が頬を伝っているだけだったけれど。






彼の葛藤が、想いが、運命が、垣間見えて。












私と同じ痛みを今、彼も感じているのだと。






それだけで充分だった。



















「…戻ってくる。」



「本当に?」






肩を掴んでいた彼の手に、自分のそれを重ねる。







「今日は、嘘つかないって約束した。」


「…そうね。」




くす…、と私は小さく笑う。








「嘘じゃないよ。」

「ええ、分かってるわ。」



彼の言葉が無邪気でくすぐったい。
















「君が、どんな所に居たって、必ず見つけて会いに行くから。」







いつかの日の為の約束。

震えるこの手には、何も残らないかもしれないけれど。









この胸に拡がる、淡い想いは、淡い記憶のまま。








いつかを夢見て眠れるだけの、優しさを帯びていた…。


















「信じて、待ってる…。」






何処に居ても、貴方を想うわ。














貴方が私を見つけられる様に。








「…待ってる…。」
























だから、早く、迎えに来てね。












end...
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去年のキヨ誕生日に、日記上でノウェキヨssを打ち込んでたんですが、
今回はその話をベースにもう少し話を長くしてみました。(日記上では、ホントに短いssだったので。)
以前にちゃんとまとめてみようとテキストを打ち始めて、話が長くなってきて途中で投げて(をい)、
誕生日が近くなったので、このテキストどうしようかなと読み返してみたら、何とかまとめられそうだったので、
誕生日に合わせてまとめてみました。内容的にはデラシネと思いっきりリンクしてますね。
切ないけど相思相愛。ノウェキヨの王道ストーリーですね。

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