【sound】




ちりん…と鳴ったウインドーチャイム。



何故、そう思ったのかは分からないけれど。








小さく泣いている様に…聞こえた。











* * *




日中でもカーテンを閉め切った薄暗い部屋が、今の僕の生活空間。

元々、強い光があまり好きではないのだけれど、この場合は単に追跡者から姿を隠す為。



ただでさえ、危険を犯してかくまってくれている彼女に、迷惑は掛けられなかった。





ぼんやりと天井を眺める生活もいくらか飽きてきて、僕は彼女に救いを求めた。

彼女は少し困った様子で、何でもいいならと古びた楽譜を貸してくれる。





これはどうしたのかと聞くと、昔勤めていた工場の人がくれたのだと言った。

紙はすっかりくたびれてしまっていたが、それでも大切にしているのが一目で分かる。




ありがとうとお礼を言って、僕はその日から天井と楽譜を眺める毎日を送った。













「それ、読むだけで楽しい?」






ある日、楽譜を見ている僕に、彼女がそう尋ねた。



「楽しくないよ。」


「じゃあ、どうして毎日眺めているの?」







僕がつまらなそうに眺めているのを見たのだろうか。


少し飽きれている様だ。






「記号を解読しようと思って。」


「記号?」







言いながら楽譜を覗き込んでくるので、僕はそれを指差した。
















「…あなた、音符読めないの?」


「音符って、言うんだコレ。」






なるほどと納得している僕を尻目に、彼女は楽譜を取り上げる。







「音符の意味も知らないで。見たって面白くないでしょう。」


「うん、面白く無かった。」





屈託なく肯定すると、彼女は僕にもよく分かる様に、大きなため息を吐いた。


そんなに、心の底から呆れなくてもいいのに。
















「でも、音を表現しているって言うのは、分かったよ。」






得意げに笑ってみせると、彼女もつられて笑顔になった。











「この、黒いのが上下まばらに並んでいるからね。」





僕は言いながら、指で音符をなぞった。


つられるようにして、彼女がその音程を口ずさむ。



「♪♪」

「これ、そういう意味なんだ。」




「ええ、そうよ。」

「じゃあ、ここは?」




違う譜面を指差す。


すると彼女は迷う事なく音を奏でる。









「…ふふ。」




「何がおかしいの?」



「おかしいんじゃなくて、楽しいんだ。」






それまで全く未知の世界の物だったそれが、彼女の手によって恐ろしい程簡単にひも解かれていくのだから。


推理ゲームで、どうしても分からなかった難問の答を教えて貰った様な、そんな気分。
















「…どうしたの?」




そんな僕とは対照的に、ふ…と影の落ちた表情の彼女。


また何か、気付かない内に傷つけてしまったのだろうかと、不安になる。













「…ううん、何でもないの。あのね…。」




途中まで言って、言葉が切れる。




















ちりん…と鳴ったウィンドーチャイム。



何故、そう思ったのか分からないけれど。









小さく泣いている様に聞こえて。



僕は、そっと彼女の手を握った。















「…あのね…。」










震える細い指先。


包む様に自分の指を絡める。




すると細い指先が、きゅっと僕の手を握り返してきた。












「ごめんなさい。泣いても いい?」




彼女の瞳に込み上げるものを見た僕は、すぐに抱きしめた。








「どうして謝るの?」







楽譜を折ってしまわないように、彼女から取り上げると少し遠くへ置いた。

尋ねたはいいものの、返事が全く返ってこない。




こんな風に会話が成り立たないのはしょっちゅうなので、別段気に止める事でも無い。


僕は黙って、再度彼女を抱き締める。






お互いの鼓動だけが響くように。







薄暗い部屋の中で。

しばらく、僕は彼女の鼓動を聞いていた。













「…いつも、そうやって。優しくできるのね。」





とくん、とくん、と鼓動が落ち着いてくるのが聞こえる。









「僕は、いつでも優しいよ?」




その言葉に、腕の中で小さく笑う彼女がくすぐったい。















「さっき言おうとした事。」







ぽつり、と静かに呟く。




「何?」




顔を上げた彼女に、笑顔を見せる。

少し赤くなった瞳が、切ないけれど顔には出さないでおく。





僕の笑顔につられて彼女が笑っているのなら。

僕が悲しい顔をする訳にはいかない。








ゆっくりと一度、瞼を閉じると、そのままで言った。








「今の曲。父さんに教えてもらったの。」


「…。」







その告白に、僕は黙るしかなかった。



それが原因で、きっと急に泣き出したのだ。

昔の思い出が、彼女の脳裏を駆け巡ったのだろう。


















「…そう…。」





僕は相槌をうつのが、やっとだった。











そんな小さな体で、一体どれだけの想いを捨て切れずに。

いくら抱きしめたって、きっと満たされる事は無いのだろう。





君の胸の奥にある、孤独と、悲しみは。











「ピアノも、父さんに教えてもらった。」








ゆっくりと僕の胸に顔をうずめると、静かにある曲を口ずさんだ。





















「…この曲を…?」


彼女は歌ったまま、こくりと首を縦に振る。











「いい曲だね…。」





そう言うと、彼女の口元が綻んだ。











「…ありがとう…。」













僕は、たったその一言だけで、こんなに満たされるけれど。



君にどれだけ返せているのか不安になる。














だからせめて、心を込めた口付けを。


愛しさを込めて君に触れて。



熱を与えて、孤独を溶かして。











優しい歌も知らない僕は。


















そんなものしか、君にあげられないから。











































ちりん…と鳴ったウインドーチャイム。



何故、そう思ったのかは分からないけれど。












でも確かに君は。




ここで泣いていたんだね…。




end...
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ノウェム一人称によるssでした。
最初、淡々と始まった冒頭でしたが、こういう始まり方も結構好きだったり。後半はいつものノリになっちゃいましたけど(汗)。
キヨの「泣いてもいい?」を言わせる為に起こしたものでした。台詞的には普通に流れていっちゃったのがちょっと残念です。うーん、力不足。

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