浅い眠りの淵で、ふと甘い香りが鼻孔を掠める。 まだいくらか重い瞼を半分だけ上げると、薄暗い部屋が視界を占める。 ゆっくりまばたきをしながら、ふと、紀代子の姿が無い事に気付く。 (出かけたんだっけ?) 意識は今だ夢の中。 (それとも、帰ってきた?) 思考は、一向にまとまらない。 (置いて、行かれた…?) 言い様の無い孤独感が、心臓を圧迫する。 そもそも、部屋に置いて貰っている方が奇跡なのだ。 その上、傍にいて欲しいなどと考えるのは、ただの我が侭でしかない。 (それでも。) 頭の中で、いくら理解していても。 「…さみしい…。」 呟いた声が、薄暗い空間の中で反響している様に聞こえた。 その響きが無性に寂しさの拍車を掛けて、絶え切れないと目を伏せる。 完全に瞼を閉じる寸前、視界の端に光の筋を捕らえた。 「…起きてる?」 幾分遠慮しがちに囁かれた声は、間違いなく紀代子のものだった。 一度は閉じた瞳を、スロウモーションの様にして再び開ける。 「起こしちゃった?」 瞼を重々しく開けた様子を見て、紀代子はドアの隙間から申し訳なさそうに微笑む。 「…ううん。起きてた。」 ゆっくりと、自分の言葉を確かめる様にしながら視線は彼女の方へ。 (置いて、行かれてなかった。) 体を起こす仕草をすると、紀代子も部屋の中へと入って来た。 傍にいてくれた事が嬉しくて、素直に微笑む。 そんな、些細な事で喜んでいる自分を省みはするものの、後悔はしていなかった。 「飲む?」 そう言って傍に座ると、持っていたトレイから湯気の立ちこもるカップを一つ手に取る。 目の前で揺らぐ、それから香る甘い香り。 「ココア。あったまるわよ。」 不思議そうに中身を見ているノウェムに、一言説明する。 言われて、チョコレート色をした液体を眺めながらカップを受け取った。 「さっきの、お礼。」 「さっき?」 はて、いつの事だったか。と思考を巡らせて、ようやく先程の事を思い出す。 一度は、置いて行かれたのだった。 「…嬉しかったの。」 ふと微笑んだ紀代子は、少し照れくさそうに言うと、膝を抱える様にしてもう一つのカップを両手で包む。 「だから私も、何かあったかいもの返したいと思って。」 ふぅ、と表面を撫でる様に息を吹き掛けると、甘い香りが部屋の中に拡がった。 そのまま口を付けるので、ノウェムもそれに習って同じ動作で口に含んだ。 「…おいしい。」 ただ、温かいだけじゃなくて。 口の中に拡がる甘さに、彼女の優しさを垣間見た。 「すごく、あったかいよ。」 言いながらとびきりの笑顔を見せると、くったくのない笑顔が彼女から返ってきた。 気付くと外から僅かに光が差し込んでいて。 あんなに凍えていたはずなのに。 溢れるのは、あたたかいものばかりで。 感謝の気持ちはうまく言えなくて。 それでも何か伝わればいいと。 祈りながら、やわらかな口付けを交わした。 end. |
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| はい!!ノウェキヨバレンタインでしたー!!!(え?どこが?) 一応、バレンタインが近いって事で起こしたssだったんですが…ええ。 二人がお互いの存在を感謝しあえる様な、そんなお話が書きたかったんです。 これを読んで少しでもあったかい気持ちになって頂ければ本望です(笑)。 バレンタインを意識してたってのは…忘れて下さい…。 |
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