| >>デラシネ.02 |
「娘を、愛して欲しいんだ。」 先生のその言葉に、息を呑み、目を見開く。 自分でも分かる、これは明らかに拒絶の反応だ。 その様子を見て、ため息を付くエンキドゥ。この反応は既に想像の範疇だったらしい。 「無理を言っているのは、充分分かっている。」 声が、いつもより更に優しくなるのが分かる。 「だから。『お願い』している。」 その言葉に、ノウェムは自分の置かれている立場を思い出す。 自分は、導かれる者なのだ。 先生が導く先は、決して過ちではない、そう確信を持てるからこそ導かれる事を選んだ。 先生の望んだ事を遂行するのが、自分の任務であり存在する理由であった。 今回もただ、そうすればいいだけの事。 「…分かりました。」 心の葛藤は押しつぶして。 ただ、先生の望むままに。 その言葉を聞いたエンキドゥは、かすかに微笑んだ。 「君なら…紀世子を愛せるかもしれない。」 微笑んだ顔が、僅かな陰りを落としていた事に、その時初めて気づいた。 * * * デルフュスの最深部。 ここには異空間から剥き出しになったような石柱が、いくつもそびえている。 その石柱の一つにノウェムは腰を下ろしていた。 ふっ…と、背後に気配が生まれる。 「先生の所に行ったんじゃなかったの?」 振り返らずとも、声で誰かは分かる。 「行ったさ。」 淡泊な返答に、ため息を付くオクト。 (心配、してるんだけど。) 「また、『仕事』?」 「…そう。『仕事』。」 突き放す様な言い方。 大方嫌な仕事でも頼まれたのだろう。 決して嫌とは言わない性格だから、いつも心配になる。 一人で無理しなくても、と。 「…お前が戻って来ないって、ボヤいてたぞ。」 話題を変えた。 ノウェムの反応は無いが、続ける。 「あいつ。まだ勝つ気でいるらしい。」 少し、間が空いた。 「まだ続ける気だったのか。」 セクスとしていた、チェスの話だと分かり、最後に駒を置いた盤面を思い出す。 どう考えても、勝負はついていたハズ。 「そうらしい。」 ノウェムの声が少し明るくなったのが分かって、安心する。 「…そうだ。」 何かひらめいたのか、ノウェムが呟く。 「代わりに相手してやってよ。」 「俺?俺でいいの?」 正直チェスはあまり得意ではなかった。 「多分、座ってるだけで終わるから。」 その言い方が、何だか妙に可笑しくて思わず笑ってしまう。 「確かに。」 とうに終わってしまっている勝負なのだから。 あえてする事と言えば、セクスに負けを認めさせる事くらい。 一通り笑って、話が切れた。 さてどうするか、とオクトが思案していたらノウェムの方から話を切り出した。 「…先生に。」 腰掛けていた石柱から、ゆっくりと立ち上がると遠くを見たまま話し出す。 闇が支配するこの空間は、上空に不気味な雲が覆っているくらいで、実際は殆ど何も見えない。 「子供がいるらしい。」 声のトーンがいつもより、少し、低い。 「…へぇ、初耳。男?女?」 突然何を言い出すのかと思えば。 話が唐突すぎて、何が言いたいのかが分からない。 「両方。でも片方は先生のクローンだから、本当は『女』が『一人』かな?」 遠くを見ていたノウェムは、今度はその目線を下へと落とす。 背中を向けたままなので、オクトに表情までは分からない。 「その女を、…愛せと言われた。」 …一瞬、我が耳を疑う。 愛す?何を? 「ー何故?」 問いただすオクト。口調には怒気が混じっていた。 それも当然だろう。そもそも彼らが行おうとしている事は、人類を排除して新しい世界を作ろうというものだ。 『人』は地球を汚す者達として、最も忌み嫌っている存在。 それを例え先生の娘とはいえ、どうして愛さなければならないのか。 「分からない。」 結局理由は教えて貰えなかった。確信に迫る事を、エンキドゥは黙して拒んだ。 でもそれでもいいと、ノウェムは思っていた。 だがオクトは違った。 「分からないって…!大体何故、先生はそんな事を仰るんだ?おかしいじゃないか。」 「いいんだ。」 先程とはうってかわってノウェムがオクトをなだめる。 しかし、オクトは納得しない。 今回の『仕事』を、しなければならない理由が分からないのだ。 「いいんだって…、お前本当にそれでいいのか?本当に人間なんかをー…。」 「先生がそう仰るのだから。従うまでだ。」 背中を向けたままのノウェムに、そう言い切られてしまい黙るしかなくなるオクト。 いつもそうやって自分で抱え込む。 だから心配なのだが、それも彼の優しさ故の事なので、咎める事も出来ない。 再度ため息を付いて、追求する事を諦める。 「そうやって…。」 少しかすれた声で、呟くオクト。 その声に、もはや怒気は無い。 「すぐ一人で抱え込むのは、お前の悪いクセだな…。」 急に優しくなった声に、思わず振り返るノウェム。 しょうがないよな、と苦笑しているオクトを見て、ノウェムも申し訳なさそうに笑い返した。 「何もしてやれないかもしれないけど。何かあったら言えよ。」 ただ、力になりたいと思った。 「ありがとう。」 その優しさが、染みる様に伝わってきて、ノウェムは素直に嬉しかった。 * * * 『本当に人間なんかをー…』 あの時のオクトの言葉が、痛かった。 愛せるとは、とても思えない自分がいる。 でも、先生の事を思う、自分もいる。 そもそも何の為に、愛せばいいのか。 考え出せば、キリがない。 目を閉じれば、映り出す光景。 たった二人の姉弟。 (…やってみせるさ。) 決めた事だ。 先生に従うのも、自分の心に誓った事。 (『仕事』なんだから…。) ここに生きる理由、そして、存在意義。 「全ては、世界の浄化の為に。」 |
| 01>>02>>03 |
>>今回の捏造小話 |
| <PICT> |