| >>デラシネ.08 |
「離してよ!」 鋭く一喝されて、ノウェムは我に返る。 敵地に一人連れて来られたお姫様、とは思えないくらいの威勢のよさにただ驚いた。 「信じられない、甘い言葉を並べておいて。卑怯だわ。」 やってしまった。と思った。 自分が一番分かっていた事だったのに。 ココロを閉ざしている限り、何処に居たって変わりはしないのだと。 それを溶かしてあげたかった。兆しもあった。 だけど焦ってしまった。 これでは元の木阿弥だ。 「…遅くに…。」 ゆっくりと、彼女を離す。 「すまなかったね。許して欲しい。」 ノウェムのその言葉に反論しようとして、とっさに振り返るが、本当に申し訳なさそうな顔をしていたので言葉が出なかった。 「…帰してよ。」 「それは出来ない。」 ムッとする紀世子。 「どうして。」 「君とちゃんと話がしたかったんだ。」 「私はお話するような事なんてありません。」 「僕たちにはあるんだ。」 しん…となる室内。 「今日はもう遅いから、休んで。」 話を進めるノウェム。 「話があるなら今聞きます。」 あくまで強気な紀世子。 「いいから、今日は休んで。」 「…いい加減に…!」 紀世子がノウェムに向かって抗議しようとした時だった。 「いい加減にしろ。」 急に後ろからぐいっと、紀世子の腕を引くオクト。 刺す様に睨まれ、黙るしかなくなる。 「お前もだ。優しくするだけじゃ、話が進まない。」 ついでに怒られたノウェムも目を伏せて黙り込む。 「とりあえず、今日はそこで休んで貰う。」 今はもう使われていない、古びた飛行機を差しながら言う。 「あいにく宿泊施設の無い所なんでね。そのかわり、ファーストクラスにご案内しよう。」 言いながら薄く笑うオクト。 不服そうな紀世子の顔を見て、声を立てずに笑うセクス。 その様子に更に腹を立てたのか、 「どうも。ご親切にありがとう。」 と皮肉たっぷりに言い放つと、自ら飛行機に向かって歩き出す。 「待って。」 一緒に行こう、とノウェムが後に付いていく。 「一人で行けます。」 と言い終わる前に、ノウェムはその場から紀世子を連れて消えてしまった。 「…あいつだけじゃ、ダメだ。」 そう、呟いてオクトも続く。 突如としてしんとした室内に取り残されたセクスとウーノ。 呆然としたまま、暫く二人で黙り込む。 「…凄いね…。」 「…何が…。」 「全体的に…。」 「…そうね…。」 さすが先生の娘だ、と強引に自分を納得させてそれ以上は深く考えない事にした。 見た目より意外とパワフルな彼女に、忍耐強く相手をするノウェムも凄いし、睨みをきかせただけで黙らせてしまったオクトも凄いなぁと、思わず関心してしまうのだった。 * * * 「離してよっ!」 二度目の台詞。 流石に二度も同じ事を言われると落ち込んでしまう。 再度、ゆっくりと離す。 「怒ってばかりで疲れない?」 「怒らせているのは誰よ!」 あくまで強気なままの彼女に思わずため息が出る。 「暗いから、危ないだろう。一人でなんて。」 親切のつもりだったので、怒られるのは不本意だ。 もっともな意見に閉口してしまう紀世子。 だがこのまま親切に呑まれては負けなのだ。 優しさに揺らぐ心をぐっと押し込めて、仕方なく目をそらす事でその場をやりすごす。 暫く続いた沈黙。 「座って。」 「…いわれなくても。」 あまりにも突然の出来事で本当は夢なんじゃないだろうかと、呆然と立ちつくしていたが、ノウェムの一言で我に返る。 自分の置かれている状況に目眩がしながらも、しっかりと前を向いていられるように唇を噛んだ。 ゆっくりと歩き出すが、ここに来てどっと疲労感が増し、すぐ近くにあった座席に腰を下ろす。 「…どっかいってよ…。」 黙ったままその場に立っているノウェムに言い捨てる。 「そういう訳にはいかない。」 微動だにせず返すノウェム。 「貴方がいたら眠れないの。どこかへ、いって。」 怒鳴り散らす事もできず、ため息混じりに懇願する。 今はただ、眠りたかった。 それだけが唯一、この現実から逃げられる方法だった。 紀世子の様子を黙ったまま見ていたノウェムは、ゆっくりとその場を離れようとする。 数歩下がった所でとん、と背中が何かに当たった。 「逃げたら、どうする。」 振り返ろうとしたら、オクトの方から前に出た。 そのまま紀世子の傍の座席に乱暴に腰を下ろす。 「…逃げません。」 「逃げる気のあるヤツが、素直に『逃げます』なんて言うと思うのか。」 紀世子の訴えを、あっさり切り捨てると、ノウェムの方に顔だけ向けた。 「お前も休め。ここは俺に任せて。」 「しかし。」 紀世子の様子が心配で、思わず食い下がる。 「いいから、休め。」 少し強めに言って、黙らせる。 ノウェムの言い分が分からない訳ではないのだ。 だが、いちいちそれに構っていては話の進まない相手なのだと分からせたかった。 ノウェムの性格上、それが出来ない事も充分分かっていたので、自分がその役を買って出ただけの事。 「…分かった。」 目を閉じ小さく同意すると、静かにその場から消えた。 残された紀世子は、ちらりとオクトの方を伺う。 我感せず、といった雰囲気で既に目を閉じているオクトを見て、小さくため息を落とすと、今度は窓側に目線を移す。 「…あなた達って…。」 窓の外をぼんやりみながら、独り言のように呟く。 「何が目的なの…?竜也?…不思議な力を持っているから?」 その言葉にオクトはうっすらと目を開ける。 「…もしそうなら…。」 言いながら紀世子の方に視線を移すと、再びこちらに顔を向けた紀世子と、目が合った。 「『私は関係ないから、帰してよ。』とでもいいたいのか?」 わざとゆっくり言葉を並べて、笑う。 それが皮肉だと分かって、紀世子はキッとオクトを睨み付ける。 「そんなんじゃありません!何よ、人さらいのくせして偉そうに!」 疲労感は拭えなかったが、それでも精一杯の虚勢を吐いて、つん、とそっぽを向いてみせた。 (別に、偉そうになんかしてないさ。) そう感じたのは、言葉に優しさがなかったせいだろう。 いくら先生の娘であっても、『人』に変わりはない、というのがオクトの根底にあった。 「何が目的…ねぇ…。」 言われて、改めて考えてみる。 「そんなのは、君のお父さんに直接聞いてくれないか。」 むしろ、こっちが聞きたいくらいだ。と心の中で付け足した。 未だに納得がいかないのだ。 人間なんかを愛さなければいけない理由が。 (しかも、こんな女を。) 元々、人間を毛嫌いしている傾向はあったが、会って話してみて、とにかく紀世子の態度が気に食わなかった。 弱いくせに必死で強がっているのも。少し牙を剥いたら、恐怖で声も出なくなるくせに。 「…また『お父さん』…。」 ぽつり、と紀世子が呟く。 「私達の事なんて、ほっておいてよ…。」 自分に話しているのではないと分かり、再び目を閉じる。 なんとなく、紀世子が泣いている気がしていた。 (素直になれない…というのも、残酷だな。) ほっておいてよ、という言葉が、むしろ助けてと言っている様に聞こえて、虚しかった。 「…もう眠れ。」 言われて紀世子は、オクトの方に視線を移すが、彼は目を閉じてしまっている。 「…。」 (眠れる訳、ないじゃない…。) 窓の外に広がる暗黒を、じっと見つめる。 (…夜は、好き。) 窓に映る紀世子の顔に、微かな笑みが浮かぶ。 (真っ暗で、空の鏡が見えないくらいの暗闇が。) …闇は静かに深くなる。 |
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