>>デラシネ.12




頬に触れる感触がやけに柔らかくて、混沌とした意識を再び深く沈めようと、息を吸った所で我に返った。



自分は、崩れゆくセツルメントに居たハズだ。
気を失ったのは、爆発によって熱く灼けたアスファルトの上。
だったはずなのに。


(それから?)


記憶が繋がらず、重い瞼を懸命に開ける。



(…それから?)



静かな空間。

猛るように燃えさかっていた炎の音も、激しく崩れゆく建物の音も、ここでは聞こえない。
聞こえるのは、規則的にトン、トン、と何かが落ちる音だけ。

薄暗い空間をよく見ると、どうやら何かの部屋らしい事が分かる。
更に音の原因を探ろうと、重い体を引きずったその時に、ようやく自分の体に掛けられていた毛布の存在に気づいた。


(…?)


状況が掴めず困惑するノウェム。
とりあえず、音のする方へゆっくりと這う。
部屋を出た所で、人がいるのが見えた。
力を使い切っており、いつもの様に気配を探ることもままならなかったが、そこに居る人が誰なのか分かって手を伸ばす。


「…!」


急に伸びてきた手に驚いて、紀世子は椅子から立ち上がって壁際に逃げた。


(…。)


言葉を口にするのも辛くて、黙ったままでいたが、彼女に聞きたい事は山ほどあった。















なぜ。






どうして。






君が。






僕を。















助けてくれた?
















身じろいだはずみで落ちた音叉を拾いながら、初めて会った時の事について話し始める紀世子。
どうして助けてくれたのか、と問うと、以前助けてくれたから、と答えてくれた。


(どうして。こんなに優しいんだろう。)


最後に会話した印象とはまるで違う。
あの時の彼女は、自分たちを否定し、先生を否定し、何もかもを拒んでいた。
懸命に、強くあろうと努力していた。

けど、今はどうだ。
素直に自分の事を心配してくれるだけ。

そう。もともと彼女は、とても優しい人なのだ。
ココロの壁が、それを隠していただけで。

でも。

では何が、ココロの壁を溶かしたのか。
きっかけが分からなかった。


「…弟さんは?」

「わたし、一人。」


その言葉に、少なからず動揺するノウェム。


(だから…?)


そんなに優しくしてくれるのも、心の拠り所にしていた弟が傍にいないから?





「…寂しいね。それは。」





思わずこぼれた言葉だったが、本当はそんな事を言ってはいけない事も、分かっていた。
言った所で、彼女は強がるだけなのだから。

しかしあれほど仲の良かった二人が、離ればなれに暮らしているとはどういう事なのだろう。
気にはなったが、理由を聞くほどの間柄でもなかった。










少しだけ回復した力を使って、辺りの気配を伺う。
するとウーノの気配を感じ取る事が出来た。


(まだ間に合う。)


自分だけが、こんな所で休んでいる訳にはいかない。
まだ重い体を、強引に奮い立たせる。

その姿を見た紀世子が、身を呈して止めに入る。


「だめ。そんな体で。」

「行かないと。皆が、待ってる。」


通すまいとする紀世子を、押しのける力もない体。
それでもいかなければ。

部屋がグラリと揺れ、体勢を崩すノウェム。

紀世子が支えようとした為、それに覆い被さる様にして崩れる。
彼女の鼓動が聞こえるほど傍に寄り添う事で、ようやく気づいた。






(…ふるえてる。)






紀世子の触れる手が、体が、小さくふるえているのだ。

どきり、とした。

行くなと引き止めておきながら、その実まだ自分の事が、恐くて仕方がないのだ。

しょうがない事だろう。
以前に恐い思いをさせた。強引に連れ去ったりもした。

本当は、自分なんか、助けたくなかったのかもしれない。

でもそれ以上に聞こえてくる彼女のココロの声が、切実だった。


耳を澄ませなくても、意識を集中させなくても、はっきりと聞こえた、声。











(いかないで)











こんなにふるえているのに。























僕の事が、恐くて仕方ないくせに。





























それでも君は。




























傍に居て欲しいと?




































こんな僕でも足りるくらいに。

















































深い孤独に、溺れていると?





























































「さみしいね…。それは。」







































一言、そう告げると再び気を失うノウェム。

紀世子の上に乗っていた体が、ずしりと重くなる。
その重みに、少しほっとして、自分を映し出しているガラスを見た。


(さみしそう?)


じっと見つめながら、自問する。


(さみしそうな顔、してる?)


そんなハズはない。
平気なフリをするのは慣れている。




(じゃあ、どうして?)




どうして「寂しいね」なんて。
そんな、優しい言葉を。


(…。)


ノウェムの体に、ゆっくりと頬を寄せる。
とくん、とくん、と聞こえてくる優しい音に、何だか急に安心してしまって、ゆっくりと目を閉じた。










「…分かってるんなら、傍にいてよ…。」










閉じた瞳から、一筋。

雫が流れて、落ちた。



















* * *




再び目を覚ましたノウェムは、抱きついたまま眠ってしまっている紀世子に気づく。


(…。)


気配を探るが、ウーノの気配はついに見つからなくなっていた。




(…。)




強く目を閉じると、もう一度ゆっくりと目を開ける。

傍には、すぅ。と小さい寝息を立てて眠る紀世子。
その寝顔が何だか愛しくて、暫くそのまま、彼女の安らかな寝顔を見ていた。


(…あ。)


と思って、立ち上がろうとする。


(こんな所で寝たら、風邪を引く。)


自分に掛けてあった毛布を取りに行こうと思ったのだが、体を持ち上げかけた所で何かに引っ張られ、動きを止めた。
そしてゆっくり、動きを妨げたものに目を向ける。

視線の先には、ノウェムの服をしっかりと掴んだ紀世子の手。




(…。)




再度腰を落とすと、紀世子の体に腕を回してぎゅっと強く抱きしめた。







(僕は、何処へも、行ったりしないから。)







そう強く誓うと、紀世子を抱きしめたまま、ゆっくりと立ち上がった。
落とさないように、と慎重にベッドまで運んで、その体を横にする。
強く掴んでいた手も、優しく外した。


「…はぁっはぁっ。」


途端に激しく息切れするノウェム。
思わずその場に跪いて呼吸を繰り返す。
歩く事もままならない程に衰弱していたにも関わらず、紀世子を担いで運んだのだから、その疲労は半端ではない。


「…はぁ…。」


ようやく呼吸が落ち着いて、紀世子の顔を伺うが、相変わらず安らかに眠っている。
その様子に安心すると、ベッドのある方とは反対の壁際に背中を預けた。

彼女の目が覚めても、この距離なら驚く事も無いだろう。

そう思うと、深い疲労に引きずり込まれる様にして再び目を伏せた。




























(なんでそんな所で寝てるのよ。)


暫くして目を覚ました紀世子は、その行動に腹を立てていた。
理由なんて、考えなくても分かってる。




(なんでそんなに優しいのよ。)




目を覚ました瞬間、居なくなったんじゃ無いかと、とても不安になった。
でも、すぐ傍で、彼は眠っている。




(聞きたいけど。)




恐くて、聞けない。

甘い言葉を、私は期待している。

以前は傍に竜也がいて、こんな事で揺らいだりなんか、しなかった。



でも、今はひとり。



ひとりは、やっぱりさみしい。



誰かに、必要とされて、わたしはここにいてもいいんだよって。



その存在を認めて欲しかった。











彼なら、「傍にいて」って。

言ってくれそうで。必要としてくれそうで。







(でも、きっと違うの。)









私が、父さんの娘だから。

だから、優しいだけなの。

彼の口から肯定の言葉を聞くのが恐くて、何も聞けなかった。









(…臆病者。)











可愛くない、私。

























目を覚ました彼と、目が合う。


「起きてたんだね。」


不意を付くような言葉に、思わず顔を逸らす。
ほのかに紅潮してしまった顔を、見られたくなかったからだ。



「…なんでそんな所で寝てるのよ。」



怒った様な口調で言ってしまった事を、言った後で後悔する。


(ホントに、可愛くない。)


「…。」


暫くの、沈黙。

その沈黙が恐くなって、ノウェムの方へゆっくりと向き直る。
見ると、今度は何をしてしまったの?と不安そうにこちらを見ているノウェム。


(怒ってばかりね。私。)


そんな自分に呆れて小さくため息をつくと、最初に彼を寝かせていた場所を指しながら続ける。


「そんな所で寝なくても、横になればいいじゃない。」


紀世子が怒っているのは、自分を思っての事と分かったノウェムは、微かに笑って、答えた。





「今度からは、そうする。」





今度、から。



その言葉の意味する所が分かって、嬉しかった。












居てくれるの?ここに。



いつまで?










…いつまで?
























そうして始まった二人の生活。











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>>今回の捏造小話
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