| >>デラシネ.14 |
以前、先生が言っていた。 僕の問いに対しての答え。 「娘を愛せたら?」 その頃はまだ、『仕事』として受けていた頃の話で。 先生の娘を愛して。 それからどうすればいいのか、と聞いたことがあった。 「別に。」 どうもしなくてもいい。と。 「その後は好きにすればいい。」 あの時は、その言葉の意味がよく分からなかったのだが。 今ならなんとなく分かる気がした。 彼女と繋がった、今なら。 * * * 少し肌寒くて、身震いするように紀代子は目を覚ました。 なんだか体のあちこちが痛い。 記憶が曖昧で、とりあえず体を起こした。 起きあがる動作と一緒に、ずるっと足元に落ちる黒い布。 その布を見て、一気に記憶と意識が覚醒した。 服を着ていない事を思い出して、一度はずり落ちた布を再度胸元辺りまで引き上げる。 「…今更、隠さなくてもいいのに…。」 起きた気配を察して、それまで窓の外をぼんやり眺めていたノウェムは、紀世子の行動に苦笑した。 「…それとこれとは話が別なのっ。」 どうしてこの人は、デリカシーというものが無いのだろうと、一人で腹を立てる紀世子。 (また怒らせた。) 繋がる事が出来ても、結局は何も変えられないのかと、ノウェムは小さく絶望した。 (…あ。) 落ち込んでる。 表情は、殆ど全く変わっていないけれど。 なんとなく、『分かる』。 今まで、伝わって来なかっただけで。 この人も。 ちゃんと感情を持っているんだと、そう思ったら。 なんだか嬉しくなった。 (私、想われてるんだ。) はっきりと、そう分かったから。 「カラダ、痛くない?」 思い出した様に聞いてくるノウェム。 「え?どうして?」 正直、痛い所だらけなのだが。 「血がね。」 そう言いながら、ゆっくりと近付いてくる。 「出てたんだ。君から。」 顔を目の前まで持ってきて、ようやく動きを止めた。 と思ったら突然、太股の辺りを指で撫でてくるノウェム。 ぞくりとして、その指から逃げようと思った。 「ここ。」 視線を落として、続ける。 「?」 彼の表情が至って真面目なので、おそるおそる指がたどっている部分を見る。 「あ…。」 白い肌にうっすらと残っている、紅い血の痕。 恐らく肌に付着していた血は、彼が拭いてくれたのだろう。 「何処か、痛くない?」 再度顔を上げて聞いてくる。 彼の癖なのか、もともとそうなのかは分からないけれど、恐ろしい程顔が近い。 そんなに近付かれると、意味もなく動悸が早くなってしまう。 「…っ。大丈夫よなんか。…こんなものらしいから。」 「こんなもの?」 紀世子が途中で言葉を濁す理由が分からず、追求するノウェム。 「…そうよ。よく分からないけど、初めての時って、血が出るって…。」 純粋に問われているだけなのだから、事実を素直に答えればいいと分かっていても。 やはり恥ずかしくなって途中からどもってしまった。 (ていうか、いちいちそんな事聞かないでよ!) 「…はじめて…。」 そんな紀世子の心の叫びが聞こえたのか、まだ疑問は残っている様子だったが、それ以上は深く追求してこなかった。 「分かったら、ちょっとあっち向いててくれる?」 いい加減、服を着たくて、近かった彼の肩を軽く押すと、すんなり身を引いてくれた。 珍しい事もあるものだと、関心していたら、どうもまた落ち込んでいるらしい。 (結構、ささいな事を気にする人なのね。) 自分から言わせれば、日常会話の範囲内なのだけれど。 今まで、自分の周りにそういう繊細な人が居なかったので、興味深かった。 ゆっくり離れたノウェムは、先程と同じ様に、また外を眺め始める。 「…君はあの青い空を見た?」 先程も窓の外を眺めていたが、この口振りから言って、どうやらずっと空を見ていたらしい。 「…ええ。ちょっとだけ。」 少し寂しそうな彼の口調が、気になった。 「君は、どっちの空が好き?」 あっちを向いて、と言ったので、当然表情は見えない。 でも心なしか、彼が笑った気がした。 「青い空よ。鏡の空は、大嫌い。」 即答だった。 「…そう。」 鏡の空は父の業。いつもその空と罪を見ながら生きてきたのだ。 好きになれるはずもない。 「…『繭』を守りたかった。」 ひたり、と窓に触れるノウェム。 「けどね。」 一息置いて、続けた。 「青い空。綺麗だった。」 愛おしそうに、告げると、また黙って空を見上げた。 「…見たことなかったの?」 「ああ。」 外見で勝手に判断していたが、空を見たことが無い、と言うことは少なくとも自分よりは年下。 (そんな風には全然見えない…。) その事実に改めて驚いた。 「…一面に拡がったら、もっと綺麗よ。」 ほんの小さな頃の記憶。 でも、覚えている。あの空の青。 「そう…。」 突如ノウェムの頭上に、ばさりと物が落ちてくる。 「?!」 驚いて落ちてきた物を見ると、自分が紀世子に掛けていた上着だった。 「…。」 顔を上げると服を着た紀世子が、こちらに向かって歩いて来る。 「それ、ありがとう。でも、私の服でよかったのに。」 「…そうだね。」 そこまで機転が回らなかった。 とにかく寒いから、何か掛けてあげないとと思ったら自分の服を使ってしまっていただけの事で。 傍まで来た紀世子は横に並ぶと、上着を着ているノウェムの方を見上げた。 「?」 視線に気づき、何?と軽く首を傾げてみせる。 「あなたはデュナミス使えるの?」 突然の質問。 「ああ。」 「それって、人の考えてる事とか、分かったりする?」 「?ああ。状況にもよるけど。分かる。」 紀世子が自分に何を聞きたいのかが分からず、困惑するノウェム。 「じゃあ。ハイ。」 そう言うと、見上げたまま目を伏せる紀世子。 (??) どうしていいのか分からず、そのまま黙っていると、再度目を開けてこう言った。 「見せてあげる。青い空。」 そういって、ふわりと笑う彼女の表情に。 どきり、とした。 (…何?) こんな感情は、知らない。 「いいの?」 首元のベルトを締めながら、問う。 「見てみたいんでしょ?一面の青い空。」 その申し出が、嬉しくて悲しくて、何も言わずにゆっくり彼女と額を合わせた。 拡がる、青。 どこまでも、優しくて。 もう二度と、手に入らないと思っていた風景が、そこにはあった。 過去の景色を、脳を通して見るのは、その人の心情風景に近いものがある。 眼前に拡がった青は、彼女にとっての空の色。といっても過言ではない。 彼女にとってもまた、この風景はかけがえのないものなのだと、分かる。 「!?」 突如ノウェムに抱きしめられて、びくりとする紀世子。 思わず閉じていた目を開けると、目の前にいる彼の瞳がうっすらと濡れているのが分かった。 「ありがとう。」 そう言って、抱きしめる力を一層強めるノウェム。 大切な思い出を共有してくれた事が、涙が出るほど嬉しかった。 その、感謝の気持ちが伝わってきて、紀世子もゆっくりと抱きしめ返した。 * * * 「雨、止んだね。」 「ああ。」 「帰ろっか。」 「…ああ。」 今は鏡の空の下。 あの青は遠いけれど。 君が傍に居てくれるなら。 いつでも逢える。 それが、嬉しくて僕は。 |
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>>今回の捏造小話 |
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