| >>デラシネ.17 |
白い空間に一人佇むエンキドゥの傍らに、白い装束を着た女がゆっくりと歩み寄る。 「今頃になって真実を伝えて。何の意味があると?」 少し強気な彼女の口調に、微かに笑みを浮かべる。 「君は、ノウェムがお気に入り?」 「お気に入りなのは、貴方でしょう。」 そう、冷たく返されると、エンキドゥは視線をそらした。 「意味ならある。」 そしてまた、微かに笑う。 「君の言う通り、お気に入り。だからね。」 「ならば何故?知らなければ、傷つく事も無かった。」 「君はノウェムの事、何も分かっていない。」 満足そうに呟くので、更に問う。 「どういう事。」 「あの子は賢い子だよ。こちらが何もしなくても、いずれ真実に辿り着いただろう。」 ひた、ひた、と何処へ行くでもなく歩き出すエンキドゥ。 「何も知らされずに真実を知った時、あの子はどれだけ傷つく事か。」 「だから?」 「そう、だから。意味はある。」 僅かの、沈黙。 「でも、傷つく事に変わりはない。」 「少しでも、その傷が浅ければと思った。あの子には可哀想な事をしてしまったからね。」 「貴方は彼に、残酷な事を教えた。」 「…何を?」 ぴたり、と歩みを止め、女の方を見つめる。 「『娘』を探すな、と。」 「せめてもの思いやりだ。今の姿を見ては、余計に傷つく。」 「貴方こそ、彼の事を何も理解していない。」 「?」 「彼は『娘』を探すでしょう。」 女はくるりと向きを変えて、その場から立ち去るべく歩き出した。 「そして自分の犯した罪を、己の眼で確認するでしょう。貴方は。」 顔だけこちらに向き直る。 「知らなくてよかった事まで、教えた。」 * * * どれくらいの時間だろう。 ただその場に跪いて、動けなかった。 今度こそ本当に、自分のしてしまった事を理解した。 (アレは…なんだ?) 彼女を探して、彼女を見ているハズなのに、映る姿はまるで別人。 別人、というのも生ぬるい程の、物体だった。 自分のしてしまった事が、恐ろしくて震えが止まらない。 先生が、『探してはいけない』と言った理由も頷ける。 けれど探してしまったのは、自分の犯した罪を全て、知らなければならないと思ったから。 (…ああ。) 会いたい。 目が覚めた時からずっと、彼女の事ばかり考えている気がする。 もう、本当に。 彼女と会うことはできないのだと。 そう思ったら。 つ…、と一筋の涙がこぼれた。 その雫が、ぱたっと手の上に落ちて、気づく。 (…愛していた…。) 愛する。とはどういう事なのか。 始めはその意味すら分からず、困惑していた頃もあった。 (彼女を、愛していたんだ…。) 今なら、はっきりと分かる。 ズクズクと、鈍く痛む心。 これが、愛するという事。 他の誰でもない、彼女を愛したという、証し。 一筋だった涙は、留まる事無く頬を伝い流れ続ける。 心の痛みに堪えるように、強く瞳を閉じ、小さくうずくまる。 しかし、瞼の奥に浮かぶ彼女の姿が、一層の苦痛を与え、眠る事すら出来なかった。 「何してるのよ。」 と、ようやくセプテムが見つけた時は、既に涙すら枯れ果てたのか、呆然と何処か遠くを眺めていた。 その様子に慌てて額を合わせようとすると、嫌だと顔を背けて拒絶するノウェム。 この苦痛は全て、罰として受けなければならない。 そう思うと、セプテムに頼る事は出来なかった。 「何があったのよ。」 「何も。」 全く話すつもりの無い態度に、思わずムッとしてしまう。 「あれから、休んでないんでしょう。」 「ああ。」 そうかもね。とぼんやりしながら思った。 休みたくても目を閉じたら、彼女が浮かんできて。 それがとても辛くて。 だから随分と長い時間、眠らずにうずくまっていた。 「休みなさいよ。」 「そうだね。」 いくら心配していても、相手は上の空。 ため息を落とすと、ゆっくりと話し出した。 「心配なの。貴方が。」 そっと頬に触れる。 「辛い、仕事だったのね。」 言ってノウェムの体を抱きしめた。 抱きしめられた途端、ふわりと体の中に温かいものが流れ込んでくる。 「よせ。」 ぐい、とセプテムを引き離す。 「でも。」 抱きしめて分かったのだが、デュナミスが殆ど無くなっている事に驚いた。 こんな状態ならば、衰弱しているのも納得できる。 「死んでしまうわ。このままじゃ。」 「…それもいいかもね。」 それは、救いの言葉だった。 望むは極刑。 この苦しみを負ったまま生きるのは、辛かった。 「アナタが指揮を取らなくて、誰が皆をまとめるの?」 未だに虚ろなままの瞳のノウェムの肩を掴み、迫る。 「…そうだね…。」 (きっとこれも決まっている事なんだろう。) 相づちを打ったノウェムに安心して、セプテムはようやく笑顔を見せる。 「アナタがしっかりしてくれなきゃ。」 (僕が望む結末も、決められていた事。) しかしノウェムは、セプテムの言葉に対して返事をしたのではない。 自分の中で辿り着いた答えに、ただ納得していただけだった。 (誰でもいい。) 「今度は、ちゃんと受け入れてね。」 言って、セプテムはゆっくりと額を合わせた。 (僕を、残酷に殺して。) * * * セプテムに貰ったデュナミスで、何とか回復するが、相変わらず休む事が出来なかった。 ふと、思い立って天井を眺める。 薄暗くて、部屋の全体がよく見えない。 (ココは嫌だ。) 思って次に、デルフュスの一番奥の空間を思い出す。 あそこはここより更に薄暗く、空には一面の雲が覆っていた。 (あそこも。) 更に、先生が好んでよく居る、白い空間を浮かべる。 真っ白で、何も無い所。 (駄目。) シェルタリングスカイ。 一番自分に馴染みのある空の色。 でもそこにも愛しさは生まれなかった。 (青い空が、もう一度見たい。) 彼女が見せてくれた、優しい色。 でももう、あの色には会えない。 どんなに望んだって、焦がれたって。 君が居ない世界に。 あの空も存在などしないのだから。 「おマエ。何をしたんだ。」 突如声を掛けられて、驚く。 相手の気配を感じられない程無防備で、改めてもう自分は生きるつもりなど無いのだと、知った。 「何も。」 「先生が、指揮をオレに任せると仰った。」 「そう。先生のご意志なら、僕はそれでいい。」 言って、つん、と視線を外した。 その態度に暫く黙っていたトリアだったが、やがて一言だけ告げるとその場を去った。 「…何を考えているのかは知らないが、先生を裏切る様な事だけはするなよ。」 「しないさ。」 聞いているのかいないのか、トリアは返事もしなかったが、そんな事はどうでもよかった。 先生には、いくら返しても返し切れないほどの、恩がある。 それを裏切る事なんて、絶対に出来ない。 だから、最後まで先生に従う事に、何の揺らぎもない。 けれど戦うつもりはもう、無かった。 今はただ静かに、審判の下る日を待つ。 |
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