>>デラシネ.18









「ただいま。」






そう言って皆の元に還って来たオクトは、トリアが指揮を取っている事に疑問を抱いた。
























(何があった?)

































肝心のノウェムは普段通りに見えるのだが、どこか覇気が無い。







普段から、感情をあまり表に出さない彼が、あからさまに気落ちしている。




















よっぽどの事があったと、思った。




















とは言っても、本人には聞きづらい雰囲気だったので、とりあえず近くに居たセクスに聞いてみる。



























「さぁ?でも、俺が生きてた時は普通だったよ。」








言いながら、セクスも少し不思議に思っていたようだ。



















次にドゥオの方を見る。



すぐに視線に気づいた彼は、こちらを向くと黙って首を横に振った。








ウーノも同様の反応だった。





























(…何があった?)
































何かあったのは、確かなハズなのに。


また一人で抱え込んでいると、小さくため息を落とした。










































ブラッタリアとの交戦中。





オクトは、セプテムが腹立たしそうに駆けて行くのが視線の端に見えたので、自分の持ち場が落ち着いてからセプテムの向かった先へと足を運んだ。



行った先には、意外な組み合わせの二人。













ノウェムと、トリアだ。


























何か言葉を交わしたのか、トリアの後を追ってノウェムも上へと向かう。































(仲、良かったか?)





















少なくとも、トリアの方はさほど友好的では無かったはず。












ますます、訳が分からない。



仕方がないので、事情を知っていそうなセプテムを見つけ、聞いてみる。

































「本人に、直接聞いたら?」




















冷たくそう言い捨てて、視線をそらすが、暫くして大地に視線を落とした。


































「…私にも、よく分からないのよ…。」



























寂しそうに呟くセプテム。































「すまない。」




























恐らく自分より、彼女の方が何倍も心配していたのだろう。






















だけどノウェムは、心の内を打ち明けてくれない。

















その腹立たしさが伝わって来て、彼女を傷つけた事を素直に詫びた。





































「でも、あの女が原因なのは確か。」



























「あの女?」

























オクトの疑問符に、視線をこちらに戻すと、こくりと頷いて、言った。































「先生の娘の事よ。もう、死んじゃってるって言うのに。」















































(…死んだ…?)
































* * *









高い所から地上を見下ろしても、醜いモノしか見えなくて、嫌いだった。








先生は、この大地を、星を、浄化するべく僕らを導いて下さると。


そう仰ってくれた。








僕は、その言葉を信じていた。



















今だって、信じている。



























だけど本当は、単なる僕のエゴではないのかと。


























僅かに不安を抱き始めたのは最近の事。


































見えなかっただけで本当は。



















この大地には美しいものが沢山あるんじゃないかって。





















事実彼女は僕に、美しいものを見せてくれた。




































与えてくれた。





































何も知らなかっただけで、本当はこの大地は。


























































「死んだんだってな。」

























突如背後から聞こえる声に、びくりとして振り返るノウェム。


振り返った先にいる懐かしい顔に、一瞬微笑むが、すぐまた元の無表情に戻る。


















「おかえりって。言ってなかったね。」




「ただいま。」


















そう答えたのは、オクトではなくその後ろに隠れていたセクスだった。




オクトも後ろにセクスが居た事に気付いていなかったらしく、少し驚いた表情で彼を見る。

満足そうに笑っている顔を確認すると、再度ノウェムの方へ向き直った。
























「お前が殺したのか?」



























いきなり本題だけを問われ、何の事についてか分からないと、表情で訴えるノウェム。



















「先生の娘。」





































その言葉に、ノウェムの回りの空気がぞくっとする程冷えたのが感じられた。




















「ああ、僕が殺した。」























その、冷えた雰囲気とは対照的にひどく淡々と答えるノウェム。












「何故。」















オクトにとっては娘の事などどうでも良かったが、あれほど懸命に守ろうとしていたものを、何故殺す必要があったのかが分からなかった。










































「その理由を話した所で、何も変わらないよ。」



























言いながらうっすらと笑うその表情が、恐ろしい程冷めていて、自分の中で血の気が引くのが感じられた。

























その雰囲気を察しているのか、いつもなら容赦なく質問攻めにしているであろうセクスも、静かなまま。




































「お前も、戻らないのか。」






























仲間思いで、優しくて、誰より先生を尊敬していた、昔の頃に。

































「…ああ。」









































自分が居なかった間に、彼の心は随分遠い所へ行ってしまったと。







そう思った。









無念の思いからか、強く瞳を閉じるオクト。





















やがてゆっくりと瞼を開けて、ノウェムの顔を見た。






























「…でも。俺は 辛い…。」





























言って、ゆっくりとノウェムの方へと歩み寄る。


ノウェムは立ち尽くしたまま。



























「そんなお前見てるのは…辛い。」






































からっぽな心で。




















生きていても、それでは死んでいるのと同じだ。

















目の前まで来て、歩みを止める。














近くに来ると無表情だと思っていた顔に、僅かに哀愁を感じる。


彼が何かを懸命に耐えているのが見て取れた。




















「何が。あった。」



































辛いのなら、分かち合って欲しいと。




ただ切望した。














オクトの切実な想いが伝わったのか、急に眉をひそめると、何かを拒絶するように首を振るノウェム。































「…奪った…。」




























頭を抱えたまま、掠れた声を振り絞る様にして言葉にする。













そのままがくりと膝を落とすので、慌ててオクトもしゃがみ込む。


倒れるのでは無いかと不安になり、彼の身体を支えようと手を伸ばす。



























途端、ノウェムの方からいきなり額を合わせて来た。























「…!!!」




















急にぶち込まれた情報に、背筋が凍る様な悪寒が走る。


















思わず目を見開いて、強引にノウェムを引き剥がした。



































「…ゔぇ…っ!!」






















感情の入り交じったぐちゃぐちゃな情報を、整理されないまま押し込まれ、吐き気を憶えるオクト。






胸の辺りがムカムカして、何度か咳を繰り返す。


















涙目になりながらも何とか落ち着くと、ゆっくりと引き剥がしたノウェムの方を見た。























ノウェムは、その場に座り込んだまま。























空を見上げているのだろうか、視線が若干上を向いている。





















恐ろしい程の絶望感を共有され、そこに居るノウェムが急にいたたまれなくなってきた。








































「…奪ってしまった…。」



































穏やかな声で呟くノウェム。



























しかしこの声ですら、絶望の淵に立たされた者の、悟りの声だと分かると、聞いている事すら辛かった。









































「…僕は…彼女に与えたかっただけなのに…。」





































穏やかな微笑みも、からっぽになってしまった彼が、自分自身を嘲笑しての表情。





































「何もかも奪ってしまった…。」




































ほら、と言ってオクトの方を向くノウェム。










































「もう涙も流れない…。」












































どうもしてやれなくて、呆然としていると、セクスが突然、ノウェムを強く抱きしめた。





事情をよく知りもしないのに、今何が必要なのかをちゃんと理解しているセクスに感心した。






















そう、一緒に絶望していては、痛みを共有した意味がないのだ。













荒い息を落ち着かせると、ゆっくりと立ち上がってノウェムの元に歩み寄る。













































「…俺、個人の見解だか…。」
























ノウェムは少し首をかしげて、何?と表情で問う。



























「お前は、奪ってなんかいない。」


























「…ありがとう。でも、慰めなら要らない。」






























言って、セクスを愛おしそうに抱き締める。
























「少なくとも…。」
























共有した情報を思い出して、軽く目眩を覚え、息を止める。


よくこんな感情を秘めたままで、今まで立って歩いていられたものだ。
























「あの女は、奪われたなんて思っていない。」














「要らないんだ。」



























つんと視線をそらすノウェム。



腹が立ったのではない。



優しい言葉に心が揺れて、今の自分を支えているものが崩れてしまう事を恐れた。























「近すぎて気が付かなかったんだ。お前。」



























ゆっくりとその場にかがむと、視線の高さをノウェムと合わせる。
























「彼女の居場所を作っていたのは、お前だよ。」




























困惑した表情のノウェムに、優しく微笑むとゆっくりと額を合わせた。
























「…。」


















目を閉じたまま。

























「…ほら。」



























額を離して、再度微笑む。







目の前には、今にも泣き出しそうなノウェム。


























「お前の側で。こんなにも幸せそうな顔、してるじゃないか。」





















































思いつめていたモノが溶け出す様に、瞳から涙が溢れるノウェム。




暗く淀んだ情報の中で、かすかに輝きを持っていた記憶。




























「こんな顔してるヤツが。」


























恐らく負の感情が大きすぎて、その痛みに耐える為に、本能的に全ての思い出をその暗闇に押し込んだのだろう。



心が、壊れない様にするための、精一杯の保身。




















その押し込められていた思い出の一つを、見せてやっただけ。
























伝えるのは、それだけで充分だった。
































「奪われたなんて。思ってないさ。」






































真実は、思い出の中にあったのだから。




































セクスの肩に顔を埋め、静かに泣くノウェムの頭を優しく撫でた。




今度涙が止まる時には、しっかりと立って歩ける様になるだろう。

























例え、彼の望む結末が、変わらない、揺るぎの無いものだと分かっていても。






























その心が少しでも救われることを、望んだ。















































* * *




終わりの日は、とても穏やかにやって来た。











今日で最後となる仲間達に、それぞれが別れを告げる。




今日という日を穏やかに笑って迎えられたのも、全て仲間のおかげ。

























彼らに出会えて、共に生きて来れた事を、心から感謝した。




















「今までありがとう。」










「何を今更。改まって。」
















そう言って苦笑したのはオクト。

























「だって。今言わないと、二度と伝えられないから。」



















「そうだけど。」





















この厳かな雰囲気に、オクトはどうも落ち着かない様子。



































「後悔するよ?ちゃんと、伝えないと。」




































穏やかに微笑むノウェムに、何か言葉を交わそうと考えるが、思い付かなかった。



先生の娘の事を思い出して言っているのだと分かって。




















無性に切なくなった。


























彼の心はもう、ここには居ない。それが悲しかった。





























































「お前の事、好きだった。」






















「ありがとう。僕も。」

















































それだけ、伝えた。








































彼と最後の、会話だった。








































皆に感謝の言葉を告げると、トリアに従い目的の場所へと向かう。





























終結の場所は、既に定められている。

































その運命を今更悲観する事もなく。

































自分を裁いてくれるであろう、先生の分身に。















































今は会いたくて仕方なかった。


























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